サクラ姫 毒親育ちの胸の内

思いを吐露することで心を癒すことを目的としたエッセイブログ。

最も大切で、時に難しい食事の話し

こんにちは桜です。
現在の食事はとってもシンプルです。治療の目的もあるためいくつか制限はありますが、大してストレスも感じず、嗜好品とも程よく付き合っています。
ここまでくるには中々大変な思いもしましたよ。

 

食は精神的な事とも密接に関わるので時にやっかいですね。 ストレスや、栄養状態の偏りから特定の食品に依存したり、味覚を感じにくく、疲れから濃い味を好んでしまうなどの問題も乗り越え、ようやく今があります。

 

食事には随分気を使わざるを得ない状況にありました。栄養外来など専門の病院に行っても、病院によって真逆の指導をされたり、たくさん振り回されもしましたよ。

 

本当なら食事なんて難しく考えすぎず、ブルース・リーの有名なセリフのように 「Don’t think! feeeeeel!」 の精神で臨みたいところなのですが、
人間本能だけで生きてはいないので、健康や機能を保つための食事ばかり摂るわけでもなく、最初から依存性を持つように作られた食べ物も多くあり、食べたいと感じるものが体の欲するものだとも限らない。
また心身を患っていると、感覚そのものが鈍っていたりしますね。

 

 健康的な食事法やら体に良い食べ物など情報に溢れ、さらに嘘も多い。
わけの分からない難病にアレルギー、増え続ける癌や精神疾患。それぞれの個人の問題に対処するためには、個々に応じた知識を必要としています。

 

考えるまでもなく地域で育った物を食べていた時代のように、単純には生きられなくなっています。食べ物に限らずより複雑になった世の中で、選択していかなければなりません。

 

一方で、厳格に健康的と言われる食事をとる人が、意外と顔色も悪く考え方も融通が利かなかったりするのが疑問でもありました。

 

 体にも良くて美味しいものとは詰る所、“素材と鮮度である”なんて一流シェフみたいなことを思ったり。自然食品とお金とのバランスに悩み罠に陥ったり。孤食は消化が悪い!消化酵素より笑顔の食卓が必要である、とか考えてみたり。 中々の思考の旅路をしてきたわけです。

 

 他人から見ればきっと神経質過ぎたことも、ストイックになったり視野が狭くなってしまったことも、これはもう致し方の無い部分もあったんですね。 全部くるめて仕方ないと思うことで楽になったりしましたよ。

 

 そして行き着いた結論は!!
・自分の体をよく知ること。
 
(年齢や性別、遺伝的要素、運動量によっても変わるのだから!)
・お菓子を食事代わりに食べないなど基本的な事をする!

結局そんなことかよ!と、何にも考えなくても知ってるわ!と、一周回ってアホではないかと思うほどですが、けれど単純な事を実行するって、けっこう難しい事なんですね。特に今の時代は。
そしてそのためには、やっぱり考える事とか、知識とか教養が必要になってくるわけです。あるいは失敗とかね。

 

 ブルース・リーは哲学者ですから、考えて考えて考え抜いた人のようですよ。その上で感じるままに。(と言う意味だと桜は理解した!・・・詳しい方間違ってたらごめんね!)

 

食事は知性と教養、そしてあとは体と本能のおもむくままに。
「感じて食べろ!!」
と、言うわけです。

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今回コロナで最も困難な状況に立たされている方達、この混乱の陰で見過ごされてしまうかもしれない子供達の苦しみや、人の視界にさえ入らない本当に弱い立場で過ごされている方達が、どうかご無事でありますように、強く強く願っております。 そして世界が、世界の全ての人達が、この困難を必ずや乗り越えていくことを。

ピエロ

こんにちは、桜です。
前回の更新から2週間以上も過ぎてしまいました。
非常に体調が悪く、ほとんど寝たきりで過ごしています。その間久しぶりの希死念慮とも戦っていましたが、高い所から飛び降りたくなる衝動なんて、何度経験したって慣れることはありません。
頭も回らず、もう自分の中から何も生まれないのではないかと思いましたが、寝たり起きたりを繰り返しながらもまたこうしてパソコンを開くことが出来ました。

 

それでもね、昔よりずっと楽なことがあるんです。 それは、苦しいのにニコニコしなくていい事です。

 

父は休むこと、出来ない事、弱い事を許さない人でした。
どれほど酷かったかはここで今表現することは出来ません。どんなに言葉を尽くしても、軽く感じてしまうのです。

 

父にとってはどんな理由があろうと関係なかったんですね。
病気だろうと、イジメられようと、犯罪に遭おうと関係ない。動かないことは悪であり、学校へ行かないことは罪だった。

 

さらに辛そうにしていることさえ許しはしませんでした。
つまり一番つらい時に、一番元気そうにしていなければいけなかったのです。

 

また病弱で見た目の弱弱しさから、精神的に弱い子供だと誤解されることもたくさんありました。でも本来の私は決してそんなことはなく、むしろとても忍耐強い子供でした。けれど学校の先生に「しっかりしなさい」とか「泣くんじゃない」と、叱咤された記憶が悲しい思いでとして残っています。

 

苦しい時、辛い時に誰かに受け止めてもらったり慰めてもらった記憶がありません。むしろ弱っているときにこそ攻撃される。内でも外でも悲しみを表現できる居場所はありませんでした。

 

初めてゆっくり休んでくださいと言ってくれたのは、3年前生活保護を受けることになった時の担当の方です。(現在は受けていません)
そんな言葉がこの世にあるんだと思いました。 それでもずっと何かに追われているような、恐怖心や罪悪感は体にこびり付いていました。休むことの意味が分からなかったんです。

 

未だに寝ていると誰かに責められているような気持になることがあります。お願いだから、もう誰も私に何かしろって言わないでほしい・・もう誰も責める人はいないのに。

 

あなたの笑顔は素敵だけど、なんだかとてもさみしそうだって、本当によく言われました。 けれど以前は、なぜさみしいのか分からず、どんなに辛くともただニコニコと笑顔を振りまいていました。
いつしか笑顔が張り付いたような人間になってしまったのです。

 

笑顔でいることは防御本能であり、同時に悲しみをあまり感じないようにしてきたのかも知れません。

 

辛い表情をしているときより、笑顔の時の方が悲しみはより深い事があるのです。

 

自分を守るために偽りの自分を演じているうちに、本来の性格や声を失って、作り上げた人物像がいつしか本人になってしまうことさえあります。
自分らしく自然体でいることが出来なくなってしまうのです。

 

そしてますます誤解されてさらに助けを得られなくなってしまう。

 

ありのままの自分でいるのは本当に強いことだと思います。(仮面をかぶっている姿が弱い人間であると言う意味ではありませんよ)
そんな私は未だに本当の自分の性格さえよく分かっていません。

 

辛い時には辛い顔をしていたいし、嬉しい時には嬉しい顔をしていたい。

 

特に子供にとって感情を受け止めてくれる大人がいて初めて、悲しみを心から表現できるのではないかと思います。

 

今はもう笑いたいと思っても笑顔になれなくなってしまったけど、もし今度笑える日が来るのなら、内側から自然な笑顔になってみたいな。


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病んでいく心と体

こんにちは、桜です!
私の慢性疲労歴はとっても長いのですが、その理由の一つは、自分の健康状態について正しく認識することが出来なかったからだと思います。
ゆっくりゆっくり悪くなっていくと分からないのです。
また、そのことに気付いてくれる大人もいませんでした。

 

今思えば不眠症は小学校5年生の頃から始まりました。強い疲労感を感じるようになったのもこの頃です。

 

当時は「夜寝るのって時間がかかるんだな」って思っていました。
夜お布団に入ると、頭の中で喧嘩が始まるんです。
父や母に対して、ああ言えば良かったこう言えば良かったのにと、言葉が頭の中をグルグルと反芻しました。
そのうち起きてもいないストーリーを作り出し、その中でも喧嘩の応酬は止みません。
お布団の中で一人涙をポロポロと流し、泣き疲れて寝る。そんな毎日でした。

 

中学に入ると今度は被害妄想が始まりました。
誰かが悪口を言っているという妄想がやみませんでした。あまりにもはっきり悪口が聞こえてきましたが、まだ理性があり、それは妄想だと気付くことが出来ました。 たった一人、必死で打ち消すように頑張りました。

 

努力の結果妄想が止んだころ、今度は髪を抜く癖が始まりました。 特に夜になると止まらなくなり、目立たない下の方から抜きました。 母は知っていながら何も言いませんでした。父は禿げるぞと言っただけでした。 私のSOSに気付く人はなく、ここでも一人努力と根性で酷くなる前にその癖を克服しました。

 

けれど髪を抜く癖がなくなった頃、今度は過食をやめられなくなりました。朝からパン一斤は当たり前。 テーブルにある物は何でも食べました。休みの日は冷蔵庫を漁りました。 そんな状態が3カ月ほど続くと、今度は太りたくないがためにほとんど食べ物を口にしない状態もまた3カ月ほど続くという状態を繰り返していました。
休みの日は食欲を我慢するために一日中自転車で走り回りました。食べ物が欲しくて、でも太りたくなくてあちこちのスーパーを徘徊したりしました。 たまにパンを買うと家まで我慢できなくて駐輪場で平らげたこともあります。
そして次のスーパーへ行ってまた徘徊を繰り返す。
冷蔵庫が空になっているのにも関わらず、ここでも母が私の異変に気付いて助けてくれることはありませんでした。

 

十代は食欲との戦いでした。 体はどんどん疲れていきました。

 

今過去を振り返ってようやく、あの頃の異常に気付き始めました。今ようやくです。モラルハラスメントが人も会社もダメにする」と言う本も私の精神状態を知る手引きになりました。

この本を読んで、頭の中で繰り返し出来事を反芻する症状や、妄想症的な症状が私だけの身に起きたのではなく、被害を受けた結果の、ある意味正常な状態だったのだと知りました。

 

現在の日常生活をまともに送れないほどの慢性疲労も、正常な状態だからこその、なるべくしてなった結果なのだと思います。

 

けれどもう少し早く、誰かが気付いてくれていれば良かったのにって思います。特に母に気付いてほしかった。

 

子供の助けを呼ぶ声って、とってもとっても小さいものだと思います。誰かが察知して、手を差し伸べなければ異常の中に取り残されてしまうと思うのです。 多くの元虐待児が、後々になってようやく虐待されていた事実に気付くように、地獄の中にいてここは地獄だと気付けないのです。

 

子供や、苦しみに気付けない大人たちの声なき声、小さな小さなSOSに敏感に気付いてあげられる社会の目が必要だと思うのと同時に、誰よりも自分自身が、心を無視せず、内側の助けを求める声に気付いてあげなければと思います。

 

私は今ようやく、自分を助けてあげていますよ。

※「モラルハラスメントが人も会社もダメにする」
マリー=フランス・イルゴイエンヌ 高野優[訳] 紀伊国屋書店

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違いを乗り越えて分かり合うこと

こんにちは、桜です。ずっと体調が辛い時期を過ごしていましたが、またこうしてブログに戻ってこられました。
今年はゆっくりゆっくり、少しづつでもいいから確実に慢性疲労を治していきたいと思っていますよ。
逆に言うと、ここ十数年間の戦いの結果、ようやく安心して休める環境が整いました。
たった一人でいいから、誰かに理解してもらえないと、病気と闘うことは出来ません。
長い年月を掛けて、ようやくスタート地点に立つことが出来ました。

 

「分かってもらう」ことは、それが簡単に叶わない人間にとって、病気以前にとてつもない苦難となります。

 

現代はますます分かりにくい時代になったと感じます。

 

同じ病気でも、支えてくれる人がいるのか、理解してくれるのか、お金は足りているのか、状況や周囲の状態によっても辛さは変わってきます。単純な病名だけでは測れないものがあります。病名さえ付かない苦しみを抱えている人もたくさんいます。

 

これからは、一人を大切にする時代にならなければいけないと思います。

 

人を分かろうとするとき、たった一人のその人間を見なければなりません。生きてきた時代の背景や、出身地、出身国、あらゆる角度から見てみないと、その一人の苦しみは分かりません。

 

想像力をもって会話をしなければ言葉の真意は伝わらないで、表面だけで言葉の応酬をしてしまうこともあります。
誤解やすれ違い、言葉の足りなさによって、同じ話題だと思い込んでいて、実は「殺人」と「躾」ほど違うテーマで会話をしていることだってあるでしょう。

 

特に子供は足りない語彙で、混乱した頭で、助けを求めるしかありません。
誰一人、重大なこととして、受け止めなければ死んでしまうかもしれないのです。

 

最初から分かり合える人と出会えればそれはとても幸運なことですが、現実はそう簡単にはいかないことがたくさんあります。たった一人の理解者さえ得られないことだってあるのです。
私はずっとそうでした。

 

 誰にも知られず、誰の視界にも入らず、本人も異常さに気づくこが出来ないまま、ようやく最後に力を振り絞って助けを求めても相手は「容易に」なんて分かりません。

 

どうしたって話が通じない経験を繰り返すと、絶望しか感じられなくなります。人に助けを求めるほどさらに傷付けられ、孤独を抱え、身動きが取れなくなってしまいます。

 

理解のされなさに、さらに傷は深まっていきます。

 

どんなに必死になっても誰にも声は届かない、そんな時代に思えるのです。

 

 


多くの場合は、どうしたって分かってもらえない人との対話の挑戦です。それは家族であったり、役所であったり様々だと思います。

 

もちろんそれだけの労力と犠牲を払ってまで分かり合う必要のない人はいます。私にとって父はそんな人です。分かり合いたいと願う切ない思さえ逆に利用され、心を刃物でえぐるようなことをするのです。

 

けれど、どうしても分かってもらわなければならない、命をかけて対話をしなければいけない、そんな存在もいるのです。

 

分かり合えないのが当たり前、では誰も済まされません。

 

今こそ対話への挑戦の時代だと思います。f:id:sakura-candy:20200111152245p:plain

 

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健康になりたい

こんにちは、桜です。
色々な経過をたどって、11月いっぱいで生活保護を脱することが出来ました。
これからは障害年金を貰って生活をしていきます。 金銭的には大変なのですが、どこかほっとしていますよ。

 

あとは体調です。鬱症状は落ち着いていますが、鉛のような疲れで、体が思うように動きません。起きて、頑張って歯を磨いて、また横になって、着替えて、少し調子が良いとこうして文章を綴っています。
まるで社会から隔絶されたような生活を送っていますから、ブログは生きがいになっていますよ。

 

体調が悪いのはここ2、3年程度の事ではありません。

 

私は生まれた時から病気持ちで、とっても体の弱い子でした。 小学校2年生と中学1年生の時、それぞれ別の病気で手術もしています。
よく高熱を出し、夏になると気管支喘息がひどくなりました。子供にも関わらずいつも疲れていて、頭痛にも悩まされました。常に我慢をしている状態が普通で、明るく振る舞えないことに子供ながら悩んだりもしました。

 

多分そのせいもあって、ひときわ感受性の強い子だったかもしれません。 父の睨んだ顔にいつもビクビクして体を強張らせていました。

健康は人生のテーマです。
今でも立てないほど具合の悪い日は、もう一生このままではないかと絶望して、あまりの具合の悪さに苦しくて、いっそ安楽死させてほしいと願うことさえあります。

もう若くも無いのに、社会復帰出来るのだろうかと将来が不安で不安で仕方なくなる日もあります。

将来的にどうやってお金を稼げばいいだろうかと考えては苦しくなったり、孤独死や下級老人、貧困女子、そんなワードが全て他人事ではなく、恐怖に苛まれる日もあります。

 

勉強、仕事、恋愛、夢、どれも健康だからこそ叶えられるのです。健康でさえあれば頑張る努力が出来るのに、それさえ許されず、ただただ忍耐するしかないことは、想像を絶する苦しみです。

 

それでも病気になった人や、苦しんだ人にしか分からない、大切なことがあると思うのです。

 

大切なことは、人の苦しみが分かること。

 

絶望の中にいると、ついこんな不幸な人間は私くらいしかいないのではないかと自分中心な考えに陥ってしまうことがあります。でも、そんなことは無いんですよね。
今も息をするのも苦しい人達がいて、私よりもずっと不幸な境遇に置かれている人達もいるのです。

 

自分がこのような経験をしなければ、本当に弱い人の立場は分かりませんでした。
光の当たらない場所で涙している人の事を、想像する事さえしなかったでしょう。

 

健康の有難みを分かるのは、健康な人ではなく、病気の人です。
そして本当の幸せが分かるのは、不幸の底で枯れるほどの涙を流した人かもしれません。

 

諦めない限りまだ勝負は終わっていません!

 

どこまで希望を失わないか、人間として成長していけるか、人生に試されているんですね。人に限界は無いのかもしれません。

 

だからこれからも合言葉は希望です。

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時間は心の傷を癒さない

強制わいせつの被害にあった直後、バスに逃げ込んで営業所で保護されました。次々と警察が来る中状況説明をしました。 何度も何度も同じ話を繰り返さなくてはなりませんでした。

 

そんな中父が電話を受けて私のところへ来ました。 開口一番 「全部お前が悪いんだぞ!何やってるんだ人に迷惑かけて!」と怒鳴りつけられました。 警察官が私を父からかばってくれました。

 

その後も犯人の似顔絵を描くため協力したり、現場に戻って状況説明をしたり、現場で写真を撮ったり辛いことは続きました。

 

学校へは行けなくなりました。 父は家では私を怒鳴りつけておきながら、私の学校へは次の日に意気揚々と出かけて、娘はこんな被害にあったと言いました。いつもいつも外面だけは良いのです。勝手に吹聴されて傷つきました。

 

約一年後犯人が捕まりました。その男から被害にあっているのは私だけではありませんでした。警察へ行き、検察へ行き、さらに辛い日々は続きました。

 

私はどんなに辛くとも裁判で戦いたいという気持ちでいました。

 

しかしある日突然、母から示談にしたと告げられたのです。 父は犯人の家族から200万円を受け取ったのです。 私の知らない所で話が進められて、気付いたときには全てが終わっていました。

 

 

私は父がお金好きなのを知っていました。でもせめて10万円私の想う所へ寄付してほしいと頼みましたがそれさえしてはくれませんでした。そこまで人の心を踏みにじれるものかと思いました。 200万円は全て父の物になりました。

 

母には留年してお金がかかるからと言われました。 母は何かと父の言い訳代わりになるのですが、まるで私が悪いことをしたかのような言い方に傷つきました。

 

どれほど傷ついてきたでしょうか。 時間は心の傷を癒しません。

 

ならばどうやって立ち直るのか、それは結局強くなるしかないのだと思います。
弱いのは不幸です。どんな絶望の淵にあったとしても、心が幸不幸を決めていくのです。必ず勝つと決めるのです。
どんなに人が同情してくれても幸せにはなれません。
辛い言葉かもしれませんが、負ければもっと辛い惨めな自分が残るだけです。
だから私は必ず勝つしか道はないのです。

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貧乏まっしぐら!靴の思いで

こんにちは、桜です。
最近睡眠薬を飲んでも中々寝付けないのです。
そして謎の目まいと吐き気に悩まされていますよ。 頭がビックリハウスみたいにぐるぐると回っているこの頃です。

 

所で最近何度目かのカイジ、マイブームがきています!
すべて身で読めてしまうので、私にとってはもはやフィクションではないですよ。
全てがリアルな漫画です。(ギャンブルはしませんよ!心の機敏がノンフィクションです)

毎回セリフに感動しています!
「勝つことは偶然なんかじゃない!」
そうです私もこんな生活をしていますが、勝つために生きているのです。

 

貧乏もさんざんしましたからね!
さらに今月いっぱいで生活保護を抜けるので、来月からは年金生活者です。
生活保護よりさらに貧乏をこれからしようというので、中々スリリングですよ。

 

貧乏と言えば一足の靴を思い出します。
5、6年前、医療費が家計を圧迫して満足に靴も買えませんでした。
たった一足の靴を真夏も真冬も履き続け、ボロボロになって穴が空いてしまいました。 ようやく仕方なしに捨てようとした時、ゴミ袋へ入れるその時、自然と涙がポロポロこぼれました。
貧乏を実感して悲しくなったのではありません。
その靴に対し本当に申し訳ない気持ちになったのです。
いくら靴だからって、そんな姿になるまで踏まれ続けて可哀想だと思いました。

 

だから言ったんです。また生まれ変わって戻っておいでって。
で、次のセリフが私らしいのですが 「マノロラニクになって帰っておいで」って言ったのです。 そうです女性なら誰もが憧れるハイブランドのパンプスです! 女として生まれたからにはマノロラニクも履かずには死ねないのです!

 

ボロボロのあの靴も、きっと変身して戻ってきてくれるはずです。
そしてその頃には私も貧乏から華麗なる変身を遂げているはずですよ。

 

だって勝つために生きているのだから!

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