サクラ姫 毒親育ちの胸の内

思いを吐露することで心を癒すことを目的としたエッセイブログ。

見えない虐待~無かったことにされる虐待

 


以下は本の抜粋です。精神的・心理的虐待の定義をいくつか読んだ中で、
一番心にピタリとはまりました。

 

<子供の権利条約>によると、子供に対する精神的虐待とは次のように規定されている。

 ―言葉による暴力(大声で怒鳴りつけたり、心を傷つけるようなことを言う)。

 ―加虐的な態度と、子供を過小評価するような態度(乱暴な態度をとったり、自分は駄目な人間だと子供に思わせる)。

―愛情の拒否(子供を愛さない)。

―子供の年齢から考えて不釣り合いな要求、あるいは過大な要求(まだ小さいのに無理なことをさせようとする)。

 ―教育における矛盾した、あるいは不可能な指示や命令(矛盾したことを教えたり、できないことを命令したりする)。

 

“「モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない」
マリー=フランス・イルゴイエンヌ,高野優(訳),78P,1999年発行,紀伊國屋書店

 

 本当のことを知るのは時に残酷ですが、同時にほっとしました。自分の感情に常に疑いを持ってきましたが、やはり虐待はあったのだ、思い違いではなかったと教えてくれました。

 

厚生労働省のHPを見ると児童虐待
「身体的虐待」「性的虐待」「ネグレクト」「心理的虐待」
の4種類に分類されるとありました。

 

昨今ようやく虐待が社会的にも注目されてきた雰囲気がありますが、
いずれも正しく認知されていないと思います。
そのせいで虐待が見逃されたり、あるいは冤罪を生み、親子が離れ離れにされてしまう事態も起こりうるのではないでしょうか。

 

心理的虐待に至っては大いに解釈の余地のあることとされ、またその複雑さや分かりにくさから、どれほど心に深い傷を長期に渡って受けるかはまだあまり注目されていないように感じます。
心理的虐待が(今すぐ死に至らしめないという意味で)緊急性が無いと判断されたとしても、その他の虐待に比べて大した問題ではない事などないのです。

 

さらに証拠も残らず、本人も気付かないうちに事態は悪化して、ようやく助けを求めても、事の重大さは理解されないのでさらに孤立してしまいます。

 

またすべての虐待の根柢にあるのは心理的・精神的虐待ではないでしょうか。なぜ暴力から離れないのと人は簡単に言うかもしれない。もしくは親なのだから、過去はどうあれ仲良くしたほうが良いと言うかもしれない。

 

子供は成人してもなお、恐怖で正常に考えることが出来なかったり、残酷な親は、意識的にしろ無意識にしろ、愛されたいと願う子供を愛情で釣って言いなりにさせていたりするのです。

 

時間の経過は傷を癒すどころかますます事態を混乱させて、まるで一生解けない知恵の輪みたいな手錠をはめられたみたい。f:id:sakura-candy:20190413132037p:plain