サクラ姫 毒親育ちの胸の内

思いを吐露することで心を癒すことを目的としたエッセイブログ。

ピエロ

こんにちは、桜です。
前回の更新から2週間以上も過ぎてしまいました。
非常に体調が悪く、ほとんど寝たきりで過ごしています。その間久しぶりの希死念慮とも戦っていましたが、高い所から飛び降りたくなる衝動なんて、何度経験したって慣れることはありません。
頭も回らず、もう自分の中から何も生まれないのではないかと思いましたが、寝たり起きたりを繰り返しながらもまたこうしてパソコンを開くことが出来ました。

 

それでもね、昔よりずっと楽なことがあるんです。 それは、苦しいのにニコニコしなくていい事です。

 

父は休むこと、出来ない事、弱い事を許さない人でした。
どれほど酷かったかはここで今表現することは出来ません。どんなに言葉を尽くしても、軽く感じてしまうのです。

 

父にとってはどんな理由があろうと関係なかったんですね。
病気だろうと、イジメられようと、犯罪に遭おうと関係ない。動かないことは悪であり、学校へ行かないことは罪だった。

 

さらに辛そうにしていることさえ許しはしませんでした。
つまり一番つらい時に、一番元気そうにしていなければいけなかったのです。

 

また病弱で見た目の弱弱しさから、精神的に弱い子供だと誤解されることもたくさんありました。でも本来の私は決してそんなことはなく、むしろとても忍耐強い子供でした。けれど学校の先生に「しっかりしなさい」とか「泣くんじゃない」と、叱咤された記憶が悲しい思いでとして残っています。

 

苦しい時、辛い時に誰かに受け止めてもらったり慰めてもらった記憶がありません。むしろ弱っているときにこそ攻撃される。内でも外でも悲しみを表現できる居場所はありませんでした。

 

初めてゆっくり休んでくださいと言ってくれたのは、3年前生活保護を受けることになった時の担当の方です。(現在は受けていません)
そんな言葉がこの世にあるんだと思いました。 それでもずっと何かに追われているような、恐怖心や罪悪感は体にこびり付いていました。休むことの意味が分からなかったんです。

 

未だに寝ていると誰かに責められているような気持になることがあります。お願いだから、もう誰も私に何かしろって言わないでほしい・・もう誰も責める人はいないのに。

 

あなたの笑顔は素敵だけど、なんだかとてもさみしそうだって、本当によく言われました。 けれど以前は、なぜさみしいのか分からず、どんなに辛くともただニコニコと笑顔を振りまいていました。
いつしか笑顔が張り付いたような人間になってしまったのです。

 

笑顔でいることは防御本能であり、同時に悲しみをあまり感じないようにしてきたのかも知れません。

 

辛い表情をしているときより、笑顔の時の方が悲しみはより深い事があるのです。

 

自分を守るために偽りの自分を演じているうちに、本来の性格や声を失って、作り上げた人物像がいつしか本人になってしまうことさえあります。
自分らしく自然体でいることが出来なくなってしまうのです。

 

そしてますます誤解されてさらに助けを得られなくなってしまう。

 

ありのままの自分でいるのは本当に強いことだと思います。(仮面をかぶっている姿が弱い人間であると言う意味ではありませんよ)
そんな私は未だに本当の自分の性格さえよく分かっていません。

 

辛い時には辛い顔をしていたいし、嬉しい時には嬉しい顔をしていたい。

 

特に子供にとって感情を受け止めてくれる大人がいて初めて、悲しみを心から表現できるのではないかと思います。

 

今はもう笑いたいと思っても笑顔になれなくなってしまったけど、もし今度笑える日が来るのなら、内側から自然な笑顔になってみたいな。


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