サクラ姫 毒親育ちの胸の内

思いを吐露することで心を癒すことを目的としたエッセイブログ。

違いを乗り越えて分かり合うこと

こんにちは、桜です。ずっと体調が辛い時期を過ごしていましたが、またこうしてブログに戻ってこられました。
今年はゆっくりゆっくり、少しづつでもいいから確実に慢性疲労を治していきたいと思っていますよ。
逆に言うと、ここ十数年間の戦いの結果、ようやく安心して休める環境が整いました。
たった一人でいいから、誰かに理解してもらえないと、病気と闘うことは出来ません。
長い年月を掛けて、ようやくスタート地点に立つことが出来ました。

 

「分かってもらう」ことは、それが簡単に叶わない人間にとって、病気以前にとてつもない苦難となります。

 

現代はますます分かりにくい時代になったと感じます。

 

同じ病気でも、支えてくれる人がいるのか、理解してくれるのか、お金は足りているのか、状況や周囲の状態によっても辛さは変わってきます。単純な病名だけでは測れないものがあります。病名さえ付かない苦しみを抱えている人もたくさんいます。

 

これからは、一人を大切にする時代にならなければいけないと思います。

 

人を分かろうとするとき、たった一人のその人間を見なければなりません。生きてきた時代の背景や、出身地、出身国、あらゆる角度から見てみないと、その一人の苦しみは分かりません。

 

想像力をもって会話をしなければ言葉の真意は伝わらないで、表面だけで言葉の応酬をしてしまうこともあります。
誤解やすれ違い、言葉の足りなさによって、同じ話題だと思い込んでいて、実は「殺人」と「躾」ほど違うテーマで会話をしていることだってあるでしょう。

 

特に子供は足りない語彙で、混乱した頭で、助けを求めるしかありません。
誰一人、重大なこととして、受け止めなければ死んでしまうかもしれないのです。

 

最初から分かり合える人と出会えればそれはとても幸運なことですが、現実はそう簡単にはいかないことがたくさんあります。たった一人の理解者さえ得られないことだってあるのです。
私はずっとそうでした。

 

 誰にも知られず、誰の視界にも入らず、本人も異常さに気づくこが出来ないまま、ようやく最後に力を振り絞って助けを求めても相手は「容易に」なんて分かりません。

 

どうしたって話が通じない経験を繰り返すと、絶望しか感じられなくなります。人に助けを求めるほどさらに傷付けられ、孤独を抱え、身動きが取れなくなってしまいます。

 

理解のされなさに、さらに傷は深まっていきます。

 

どんなに必死になっても誰にも声は届かない、そんな時代に思えるのです。

 

 


多くの場合は、どうしたって分かってもらえない人との対話の挑戦です。それは家族であったり、役所であったり様々だと思います。

 

もちろんそれだけの労力と犠牲を払ってまで分かり合う必要のない人はいます。私にとって父はそんな人です。分かり合いたいと願う切ない思さえ逆に利用され、心を刃物でえぐるようなことをするのです。

 

けれど、どうしても分かってもらわなければならない、命をかけて対話をしなければいけない、そんな存在もいるのです。

 

分かり合えないのが当たり前、では誰も済まされません。

 

今こそ対話への挑戦の時代だと思います。f:id:sakura-candy:20200111152245p:plain

 

良かったら過去記事も見てください!

ランキングに参加しています。
良かったらポチしてください!↓